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紫式子日記

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cow parade TOKYO IN MARUNOUCHI 2006


どうも、紫式子です。

好きな柄は牛柄です。

いや、ガチで。マジで。



風神雷神図屏風を観に行ったついでで、今話題のcow paradeを観てみたら、思いの外燃えてしまいました。

山手線の右半分というのは妙に緊張するのですが、パンフレット片手に、慣れない道を歩いた歩いた。ん? 「牛」歩戦術?

offモノも含めて、26頭ホカク。





いやー、ヒール靴で行ったの後悔しました!笑



これ、こういうの始めるとフルコンプしたくなりますね。

また昼間に行くことあったらやろう。

今度はぺたんこ靴で。

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国宝 風神雷神図屏風 ―宗達・光琳・抱一 琳派芸術の継承と創造―




美術館ウォーカー復帰第一弾は、出光美術館で行なわれております『国宝 風神雷神図屏風』展。

そういえば私が東京で本格的に美術館めぐりを始めるきっかけになったのは東京国立近代の「琳派展」だったなぁ。ナツカシヤ



屏風自体は思っていたより小さかったけれど、描画面積は思っていたより大きかった。

モナ・リザとかが典型例として挙げられがちだけど、名画ってアタマの中で誇張されてるのね。

そしてコミカルな描写の印象が先立っていたけれど、存外、躍動感のある線を使ってるんですね。特に宗達版。

「コミカルな」というのは、光琳版で植えつけられたイメージかも。

この人のは、色の塗り方も鮮やかだったし、陰影なんかアニメ絵的だった。

『紅白梅図屏風』なんか、確かにポップ・アートだもんなぁ。



サテ

企画の目玉は 俵屋宗達 → 尾形光琳 → 酒井抱一 という、三者にわたる『風神雷神図屏風』を比較すること、なんだと思うのですが……。

んで、実際「徹底解剖」と題された細部の比較図版も面白かったのですが……。

「やっぱり模倣してるだけじゃダメになるのね」

くらいの感想しか抱けなかった。。。



特に抱一はひどいよなー あの人絵がザツだ。

と思ったら、絵を始めたのは41歳なんだね。

それであのレベルなら、まぁすごいのか。




ン、でも宗達&光琳はよかったよね。

TVでなら何度も見たけれど、ナマ。

新宿で美輪明宏を見かけた気分に近かったですね。

宗達派が多いぽいけど、私はモダンな光琳のが好みかな。



あと図版のコメントに使われていた「重厚から軽妙」って表現は、風神雷神図屏風の模写の系譜に限らず、文化・言語、どれにもいえるコピーで感心した。



展示の後半は三人(主に抱一)のその他の作品。

明治に近づいた時代の、抱一『十二ヶ月花鳥図貼付屏風』は好きだった。

ボタニカル・アートっぽいよね。色も繊細だったし。

この人は先人の模写(<模倣)にこだわるより、こうして欧米の風を取り込んだ方が向いている人だったのかも。

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『アウグスト・ザンダー』


アウグスト・ザンダー
アウグスト・ザンダー



「ドイツ写真の現在」展と同時開催で、「アウグスト・ザンダー」展が開かれていたのですよね。

てっきりエントリ書き忘れてそのままなのですけれど、そのアウグスト・ザンダーにまつわるドキュメンタリーDVDです。



んもう、これ観てからアウグスト・ザンダー展観に行けば良かった!! と悔やまれます。

彼自身の動画etcは残っていないので、写真資料とザンダーの助手やお孫さんへのインタビューが中心なのですけれど、なぜザンダーがあのような写真を撮れたのか? 彼の功績の歴史的意義は何なのか? といった点を知れる、deepな1本です。



DVDはザンダー自身が1927年に記したことばから始まります。

写真は新しい可能性を与えてくれた

崇高な美も無慈悲な現実も再現することができる

人を欺くことさえも・・・

真実を見ることに耐えよう 好き嫌いにかかわらず 真実を仲間や未来の世代に伝えねばならない

物事をあるべき姿やあり得る姿でなく ありのままにしか見られない私が不謹慎というなら お許しを



彼は炭鉱町の出身でした。


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『サルバドール・ダリ』


サルバドール・ダリ
サルバドール・ダリ



NowOnMediaってとこから発売されている、ダリのドキュメンタリーDVDです。

幼少期から晩年に至るまでの彼の芸術活動を追っています。



死んだ兄と同じ名前を付けられて育ち、常に彼の影に脅かされて育ったダリ。

過剰な自意識の根源はこの少年時代に見出せるようです。

やがて画才を見出され、画家を志します。

青年期にはパリに行って、当時台頭していたシュールレアリズムの芸術家たちと交流。

ただし、彼の創作活動の拠点はあくまで故郷のスペインであり、フランスを中心としていたシュールレアリストたちとは一線を画していたことも触れられています。

そしてガラとの出会い、経済的困窮期、資金集めのためのメディアへの露出。

若い頃は無意識を描いていたダリの興味の対象は、晩年原子力など物理学の方向に転換しますが、そのきっかけが第二時対戦を終結させた原爆だったことなども述べられています。

ガラを喪ってからの、抜け殻のような晩年までを映し、DVDは終わります。



絵の解説などはあまり充実しておらず、ザツな印象ですが、ダリの生涯をなぞるには過不足ない内容。

どちらかというとインタビュー番組に出演したときの映像や『アンダルシアの犬』からの抜粋、「誕生」のパフォーマンスの映像など、動画資料集といった方針みたいです。



「私はいい画家ではない。

 私は知的すぎる。

 いい画家というのは頭が悪いものだ」



やっぱり見所はインタビューでしょうか。

一言一言が自信過剰で自虐的。

傲慢で臆病な人となりを、キャンバス以外の方向からも窺うことができます。

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『憂国』(関連資料とその内容について)


さて、『憂国』を鑑賞してきた訳だが。

そもそも私は、三島由紀夫について真剣に研究した経験はない。

ただ、私が好きな人たちの思想を探っていくと、三島由紀夫にたどりつく。



先日、山本タカト大展覧会で購入した『夜想』にも「三島由紀夫/死の美学」という小特集が組まれていた。



美輪明宏『愛の話 幸福の話』には、「わたしが愛した人々」と題する章に、三島由紀夫も名を連ねている。


愛の話 幸福の話
愛の話 幸福の話


森村泰昌『芸術家Mのできるまで』にも、「三島由紀夫あるいは、駒場のマリリン」というコラムが寄せられている。



芸術家Mのできるまで
芸術家Mのできるまで


それぞれの概要をここで紹介しておく。



◆ 『夜想』小特集「三島由紀夫/死の美学」



・ 『憂国』の演出を手掛けた堂本正樹のインタビュー「三島由紀夫と『切腹ごっこ』」

・ 写真家、矢頭保が撮影した「三島由紀夫切腹演戯」のグラビア

・ 詩人、高橋睦郎のインタビュー「三島由紀夫の切腹写真を撮った男、矢頭保の肖像」

・ 矢頭保の紹介ページ「OTOKOの物憂げな闇――写真家・矢頭保の世界」



以上の4企画から成る。



堂本正樹は三島について、


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