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紫式子日記

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私とまんが

ニホンゴが通じる世界のみなさま、おはようございます(パクリ)、村崎式子で御座います。

すみません、徹夜しました。

よって今日、行く先々で様々な方にご迷惑おかけするかと思いますが、そこはそれ、いつも通り生温かいの目で傍観していてください。



よって決して早起きなのではなく、愚かなだけなのですが。

まぁいずれにせよ時間はとてつもなくあるので、時間があるときじゃないと書く気にならないようなテーマで書いてみたいと思います。

村崎式子のオタク史だと思いたければどうぞご自由に。
私がオタク一族の出身だということは、こういうところに来て真っ先に「プロフィール」の項を読むツウな方ならご存知かと思いますが。

知らなかったら後でご覧ください、そうなんです私は遺伝学的見地から見てもオタクに分類されて然るべき存在なんです。



あのね、父方の親戚基本的にみんな絵ェ描けるの。

これ描ける人にはわからない感覚だろうけどね、絵って描ける人と描けない人がいるの。

描ける人にとっては当然のことでも、描けない人は本当に描けないの。

あ、コレ見てる絵ェ描けない人、ページ閉じないでね。別にけなしてるわけじゃないから。。。

アタマに何かイメージを描くっていう作業と、それを手に伝えるっていう複雑な作業がダブルで必要になる行為なのよね、絵ェ描くって。

これはある程度生まれつき。

絵心というヤツですね。



で、絵心を持って生まれると、そうでない場合に比べてタクくなりやすいと思うのね。

っていうのは、絵を描けない脳に生まれた方には、やんごとなくノーマルか、読む専門のタクになるという選択肢が用意されるわけですが、絵心を持って生まれるとタクくなるしかしょうがなくなるんです。

特に小学校ら辺までは、この運命は強制です。

もう黒板に人気キャラクターを描いてクラスの人気者になり、図画工作の時間には先生をうならせる他ありません。

幸いなのは、小学生にはまだタクという概念が備わっていないことです。

こうして小学校時代にタクの素地が、絵心を持つ全児童に与えられます。



しかしこのまま成長してはタク特有の秘めやかさ(後ろ暗さともいいます)が育まれません。

それどころかサンプリング次第ではタクの方がマジョリティーとか、そういう素敵に不適な事態が生じかねません。

そこで中学進学前後に、思春期の洗礼が行われるわけです。

ここで「外向的」な他者との関係を選んだ生徒にはノーマルの水が、「内向的」な関係を選んだ生徒にはタクの水が振り掛けられるわけです。

一部の絵心不所有生徒もここでタクの水を選び、絵をかけるタクを羨望の目で見つつその世界を楽しむという生活に入るわけですが、やはり絵心を持つ生徒は真似っこして描くために他の生徒よりまんがへの入り込みが深く、またヴィジュアルで物事を理解する癖がありがちなので、絵心所有者がタクになる確率は非絵心所有者がそうなる率の倍ほどではないかと。

今度ちゃんと統計とってχ二乗検定やっときますね。



こうして「平均」とされているラインより強く創作された世界・非現実の世界に興味を持つグループが、そうでないグループが活発化するのと同時並行に浮かび上がってきて、「おたく」「タク」「OTK」という称号でカテゴライズされるに至るんですよ。



こんだけグダグダとオタクの形成過程を述べてきて、言いたいことはつまり、「だからうちの一族はオタクなんだよゴルァァ」ってハナシです。

だから私がオタクになりやすい環境にあったんだな、というのはわかってほしい。



で、で、絵心がある人間とそうでない人間というのは幼少の頃から見分けるのが用意です。

絵心があれば自主的におえかきをします。

他に遊ぶ方法があまたある中でおえかきを選ぶなんざぁホネがあるじゃあーりませんか。

お宅のお子さんがそうなったら、その絵心を誉めそやしてあげてください。

20年後にはコミケで壁配置サークルに相成っていること請け合いです。



ま、私も例に漏れずだったわけでして。

おゆうぎよりおままごとより三度のごはんよりおえかきだったね。

COOPのおえかきちょうが山のようになっていた記憶があるよ。

あれ今見返したらかなりアイディアの宝庫だったりしそーだなー。

母親に言われて処分しちゃったんだよなー。



あと私の場合、アルプスの少女ハイジ状態で一緒に遊べる同年代の友達がいなかったというのもあり、他にやることもなく自分で絵でお話を作り始めました。

絵が話の元になり、話を元に絵を描く。

同時並行作業でしたね、恐らく。



小学校上がったくらいに学研のまんがふしぎシリーズ『○○のひみつ』とか大量に揃えてもらって、この世にまんがなるものが存在するのを知り、フキダシとかセリフとか付けはじめました。

『なかよし』とか買ってもらってたなぁ。

うちらが小1のときに『セーラームーン』始まったんじゃなかったっけ?

そのうち父親が『火の鳥』文庫版全部買ってきてくれてさ。

初めて他人の創りあげた物語っていうのを意識した。

しかも壮大なやつ。



で、そんなこんなで小3にしてコマ割を憶え、オリジナルファンタジーまんがとか描いてましたということであるよ。

このファンタジーって辺りが無邪気でいいですね。

小中学校を通じてアイディアは泉のように湧いてたけど、割と小学校−ファンタジー、中学校−現世って記憶がありますね。

いつまでもファンタジーしか描かない(書かない)作家さんもいますがね。そこは人それぞれなのでしょう。



描くのと並行してぼつぼつ他人のまんがも読んでましたけど、中学の時友達に勧められて読み始めた楠本まき、これで(オタク)人生変わった。

手塚治虫にも影響受けたけどさ、彼の作品って思想を語るのよね。

『火の鳥』なんかになるとなおさら。

でも楠本まきの作品は、私小説的なの。

最初に読んだのは『KISS××××』だったんだけど、心理とか精神とか心象とか、そういうので構築された物語なのね。

私は当時から外の世界より、まずは自分に興味のある子だったらしく、飛びつきました。

自分の描くまんが・書く小説でも心理描写とか意識し始めたの、この頃じゃあなかろうか。



で、中学卒業して、高校では勉強忙しくってまんが描く暇なくて代わりに文芸部で小説書いて私より重症なタクの先輩たちと若い日々を共にし、大学入ってマン研よりコアな出版サークルに所属し、そこの皆さまに見守られながら?久しぶりにまんが1本完成させたぞ、という「現在に至る」で御座います。



あーもうなんか一気に思い浮かぶところ書いてきたけど、重いな。

いや、データ量がさ。内容はさておいて。

まぁオフラインの私をご存知の方なら「あぁ、それでこうなっちゃったのか」と、ご存知ない方でも「あぁ、オタクってこうやってなっていくものなのね」とお楽しみいただけたのではないかと。



そーそー、私がまんが・小説に手を出し続けてる理由のひとつに、楽しんでもらえるってことがあります。

小中学校でまんがやめなかったのは、タクという迫害的な言語が存在しない田舎だったこともあるし、ノーマルな友だちでも私のまんがを楽しんで読みまわしてくれてたから。

要するに他人楽しませられれば手段はなんだってよかったんだと思います。

それが私の場合たまたままんがで、まんがを描くという行為はタクいとされているだけで。

そーだよな、まずタクありきじゃないんだよ。

特定の行動が「タクい」とラベリングされてるだけなんだよ。

うちのいとこたちだって「オタク」という言語が存在しなければただの絵が上手いイケメンだもんなぁ。

でもやっぱ見知らぬゲームの設定資料集横に置いて模写してるっていうのは只ならぬモノを感じさせましたね、うん。

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