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紫式子日記

メインが耽美系アート・映画・絵画から、文房具・ライフハックに移行しています。だいぶ世俗化しました……。
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愛の代価(メモ書き)

私は割とどの界隈でも下ネタOKの無性生物みたいに通っていて、だから割とどこに行っても下ネタをふられるタイプで、で、私同様(あるいは私よりも)下ネタを持て余してる相手にとっては恰好の話し相手とあいなる訳で。

そんな私とバイト先の持て余し気味の男友達との、昨日の会話ログ。

拍手[0回]

なんでも一昨日の夜だかに、彼の性的嗜好(=女子高生好き)を知っている、理解ある友人から電話があったそうな。

時刻23:30、規則正しい生活を営む彼にはいい迷惑な時刻なのだが、なんでもその友人、いまや絶滅したと思われていたエンコーの商談成立現場をナマで目撃したとのこと。



彼「駅のホームでおじさんが女子高生に『きみ、いくら?』みたいに訊いて、女子高生が『1万円』て答えて、その後2人でどっか行っちゃったらしいんですよ」

私「え、安っ」

彼「そう、その値段ならオレが買うよ! って。」



……まぁ何にせよ持て余している私たちである訳だが。



しかし1万というのはお手軽価格のように思う。

相場よく知らんから何とも言えんけどね。

まぁしたたかに1万円相当のことしかヤらせてあげなかったんだろうけど、その女子高生……。



恋人同士なら無料でヤリ放題なのに、非恋愛関係だと「代償」が発生する、この性行為というもの……。

恋人間では愛が代償として払われている(ことになっている)と考えてしまうのは、私が資本主義生まれの消費社会育ちだからなのか否か。



恋愛至上主義社会において、愛は愛とじゃなきゃ交換できないけれど、セックスは換金できる。

実際のところ「愛の行為」じゃないから。

なぜ「愛の行為」なんて心温まる淫猥な呼び名があるかというと、

「あんなん愛があると思わなきゃヤってらんないよね〜」

というのは、恩師の言葉。



で、恋人は元々「愛を交換しあう」ために恋人という肩書きを持ちあっている。

そのための制度だ。

恋人同士のいわゆる「愛のある」セックスにおいて、彼らは実のところ快感を与えあい、奪いあい、与えさせあっている。

「愛」ゆえに、タダで。

あっちもこっちを愛してくれているから、性行為というみっともない行為も、無料で。

愛で快感を買って、愛で快感を売る。

しかしセックスという相互干渉行為においてこの売買はほぼ同時になされるので、あたかも愛と愛が交換され、快感はそのオマケであるように思われている。

この幸せなかんつがいによって、恋人たちは恋愛至上主義のルールを犯してないことになっていられる。



って誰か言ってそうですね。

『愛するということ』かな。

とりあえずここまでが昨日と今日で考えたことの覚書です。

書き留めておきます。



でも私は資本主義社会人間で消費主義社会人間であると同時に恋愛至上主義社会にどっぷりの人間なので、やっぱりセックスは「愛を交換しあえる」相手としたし、とぞ思っております。

かしこ。

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なんか王道はずれてるのが好き。
テーマにまとまり無くてすみません。
残念ながらこれが私です。

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