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紫式子日記

メインが耽美系アート・映画・絵画から、文房具・ライフハックに移行しています。だいぶ世俗化しました……。
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【卒論】構成案を組みました


あわよくばアドバイス・ご指摘いただけたらと企みつつメモ。

題目は「芸術家Mから見た現代日本(仮)」



【第1章】 森村泰昌プロフィール

a.技法

 −扮装(女装)

 −写真

 −セルフポートレート

 ※シンディ・シャーマンとの比較


b.題材・作品

−セルフポートレート以前(〜1985)

−「西洋美術史」シリーズ(1985〜)

−「フリーダ・カーロ」シリーズ(2001)

−「フェルメール」シリーズ(2004)

−「ロス・ヌエボス・カプリチョス(ゴヤ『ロス・カプリチョス』)」シリーズ(2005)

−その他(ゴッホ、マネ、レオナルド・ダ・ヴィンチ、等)

−「日本美術史」シリーズ(1990、1996)

−「サイコボーグ(ポップスター)」シリーズ(1994)

−「女優」シリーズ(1996)

−「なにものかへのレクイエム(20世紀的なるもの/男たち)」シリーズ(2006)


c.著書

『美術の解剖学講義』1996年、平凡社

『芸術家Mのできるまで』1998年、筑摩書房

『踏みはずす美術史 私がモナ・リザになったわけ』1998年、講談社

『空想主義的芸術家宣言』2000年、岩波書店

『「まあ、ええがな」のこころ』2001年、淡交社

『女優家M 演技の花道』2002年、晶文社

『「変わり目」考 芸術家Mの社会見学』2003年、晶文社

『時を駆ける美術・芸術家Mの空想ギャラリー』2005年、光文社


d.図録・作品集

『着せかえ人間第1号』1994年、小学館

『レンブラントの部屋』1994年、原美術館 編、新潮社

『美に至る病─女優になった』1996年、横浜美術館

『森村泰昌[空装美術館]絵画になった私』1998年4月、朝日新聞社

『女優家Mの物語 a Story of M's self-portraits』2001年、朝日新聞社

『私の中のフリーダ/森村泰昌のセルフポートレイト』2001年、原美術館

『DAUGHTER OF ART HISTORY』2003年、APERTURE(米)

『LOS NUEVOS CAPRCHOS』2005年、SHUGOARTS他

『卓上のバルコネグロ』2006年、青幻舎


e.雑誌

『超・美術鑑賞術―見ることの突飛ズム』2002年、NHK出版

『プリンツ21 2005年春号 森村泰昌 諷刺家伝』2005年、プリンツ21




【第2章】 森村泰昌の思想・学説(カテゴリーは暫定)


拍手[0回]

a.美術論

 −『踏みはずす美術史』「美術の極意」「モナ・リザになる」「巨匠はみんな下手だった」

 −『美術の解剖学的講義』「人生論」「女優論」

 −『空想主義的芸術家宣言』「芸術は食べられる」「『値打ち』について」

 −『時を駆ける美術・芸術家Mの空想ギャラリー』


b.真贋論

 −『美術の解剖学的講義』「真贋論」

 −『空想主義的芸術家宣言』「『物真似』について」「『お手本』について」


c.文化論(西洋文化/日本文化)

 −『空想主義的芸術家宣言』「現代日本文化論」「現代上方文化論」

 −『踏みはずす美術史』「アンディ・ウォーホルはポップではない」


d.写真論

 −『美術の解剖学的講義』「写真論」

e.セルフポートレート論

 −『踏みはずす美術史』「似ていることはいいことだ」

 −『美術の解剖学的講義』「セルフポートレイト(ママ)論」

 −『空想主義的芸術家宣言』「セルフポートレイト(ママ)について」

 −『芸術家Mのできるまで』「シンディ・シャーマンあるいは、わが愛しの妹へ」


f.演技論

 −『女優家M 演技の花道』

h.国家論

 −『「変わり目」考 芸術家Mの社会見学』

 −『芸術家Mのできるまで』「三島由紀夫あるいは、駒場のマリリン」




【第3章】 森村泰昌説の検証

○論理的破綻の指摘 ・・・ 「空想主義に基づく」という前提もあるが、森村氏は論理展開に無理があることが多々、ある。

○社会学的考察との比較 ・・・ とはいえ、東西文化論(戦後日本文化は「父」なる西洋文化の「娘」)・セルフポートレート論(「視線」の学問)などで為される現代社会についての主張は、社会学で論じられるものと重なる部分がある。類似点と相違点を整理し、森村説の特徴を明確にする。

○現代を理解する際の示唆となりうる主張

○森村氏の活動は実際に「何かをつなぐ、シャーマン的なもの」たりえているか?

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ぱっと見文化的なこと
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なんか王道はずれてるのが好き。
テーマにまとまり無くてすみません。
残念ながらこれが私です。

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