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紫式子日記

メインが耽美系アート・映画・絵画から、文房具・ライフハックに移行しています。だいぶ世俗化しました……。
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芸術と身体性

なんか最近エロい話してませんね、私。

生理終わったからですね、きっと。

エロ話を楽しみにいらしてる私と気が合いそうな方にはとてもとても申し訳ないんですが。

大丈夫、月が太り始めたらまたそういう話始めるさ。



それでは気を取り直して、エロい話でなくてももういいよ、いやむしろエロはもういいよ、という皆様こにゃにゃちわ。

村崎式子です。

実は昨日今日と、村崎の通う大学で学園祭がありまして。

って、もうどの大学なのか特定できるくらいの情報曝してますが。

イヤンそっとしといて。。。




はい、そう、学祭です。

私はキホン内向的で出不精でケチぃ人間なので、こういう近場でタダでものが観れる機会がないと、ものを観ないんですね。

昨年は内向的な村崎が人格内で圧勝ッ! って感じだったので、ろくすっぽ何も観なかったのですが、今回はビンボー根性丸出しで、いろいろ観たり聴いたりしてます。

拍手[0回]

で、普段接しなくて、今回始めてマトモに接したもの。

音楽です。

ライヴです。

生音です。



CD・MDetcのデバイスを通してなら毎日聴いてるけど、ナマ!

ナマはこれ、初体験だったんですねぇ。

内容はからっきしノーマルなのに選ぶ単語でエロさがばれますねぇ、イカンですねぇ

それで初めて思い知ることになったのが、「芸術は身体を超える」ってことです。



「身体」っていうと言葉が足りないけどな。

「身体の境界線」というか。

マティスが描きなおす前の線ですよ。

すべからく芸術活動というものは境界を超えていく作業なのだろうと思うに至ったわけです。

遅いですか。

すみません、ことばも憶えたてのコドモなので



せっかく今回、音楽を通してそれに気づいたので音楽を例にとって話しますね。

音楽も含め、芸術というのは共感を起こさせます。

いいモノは特に。

それは文学にも美術にも言えることでしょうが、音楽・舞台芸術というのは臨場がそこに加わるので、受け手がより共感・共鳴しやすいんじゃないかと思うんですね。

共感・共鳴というのは字面からもわかるとおり、芸術家と鑑賞者との同一化のことです。

(英訳として当てられているsympathyの'sym'も「同じ」って意味の接頭語だった。ハズ。)

他者・他の事物と同一化するということはとりもなおさず自分と相手を区切る境界を超えていくということでしょう。



今回初めて音楽の「ライヴ」というものを体験したわけですが、上手いミュージシャンが演奏すると、白々しい表現ですが、会場全体が「ひとつになる」んですよね。

楽器を手にしていない聴衆まで、身体を揺らして自らを楽器にする。

観客の熱狂がミュージシャンをより興奮させる。

芸術家と鑑賞者が互いの感情の高ぶりを自分のものとしているんですよ。

そこに「身体の境界線」は関わっていませんでした。



考えてみれば、芸術はそもそもにおいて「共有」されるべきものだったんですよね。

歌も本来は共同体のものだったって授業で聞きましたよ。

近代以降の在り方はさておいても、芸術の始まりは宗教ですから。

宗教が共同体のもので、共同体を結びつけるものならば、すなわち芸術も共同体を結びつけるもののはずで。

だからこそより多くの人間の心を惹きつけるものほど芸術的と見なされるわけで。

共同体のメンバーを宗教に結びつけておくために芸術が活躍したってのも言えるでしょうね、特に中世では。



現代に入って個人主義がはびこり、共同体の規模も小さくなりましたが、それでもなおいまだ芸術・アートが生き残っているのは、ひとえにそれが個人と個人をつなぐ役割を保っているからなのだろうと。



境界線を超え、自分が今まで居なかった異界に到達する。

その行為で人間は世界を広げ、認知の幅を広げられるのだろうと。

あぁしかし共同体の中で生きていく上で他者と共感しあうことは大切ですよ。

セックスとかね。

いやさしあたりそこでしょう。

物理的にも触れ合ってるから、「共」の感覚を会得しやすいですよ。

とまぁ結局こういうハナシになるわけですが。



てーことは身体の境界を超え、他者と同一化するという点で芸術と性的接触とは多分に似通ったものと言っていいのではないかと。

あぁ、だから芸術家には性豪が多いのか。

他者とコミットしたいという欲求が、人間を芸術活動やセックスに駆り立てるんでしょうかねぇ……。



これについては異論・反論あるでしょうが、先回りせず出てき次第対応なり反駁なりさせていただきます。

今夜もうこれ以上書かないほうがいい気がする。。。

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なんか王道はずれてるのが好き。
テーマにまとまり無くてすみません。
残念ながらこれが私です。

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