2007/05/06 Category : Music マキシム「ピアノ・ソロツアー2007春」於すみだトリフォニーホール/『エレクトリック』 MAKSIM 公式サイトエレクトリックなんどかこのblogでも取り上げたので知ってる人は知ってると思われるが……大好きなイケメンピアニストでして、(自称)ファン暦5年目にして、やっと!コンサート行ってきました〜場所は、錦糸町の「すみだトリフォニーホール」大ホール。クラシック音楽をデジタル・アレンジしているという、その技法が好きでずっと聴いているのですが、ステージにはグランド・ピアノ1台。聴こえる音も、ピアノだけ。……「ピアノ・ソロツアー」ってそういうイミかぁ(ノ∀`)でも、その分マキシムの「生音」を体感できましたすごーく、繊細な演奏をするんですよね!音が、フォルテでも「か細い」っていうか、すごく機微に富んだ音を出す。ショパンの「夜想曲」なんかは、演奏家によって解釈とか奏法がカナリ違って、ポピュラーな分だけその違いがシロウト耳にもわかりやすい曲だと思うんですが……マキシムの奏法は「淡く・儚く・軽く」って感じかな。音に情感をこめるより、余韻に叙情を残す感じ?うん、CDで聴く分にはアレンジ入りのがいーんだけど、今日のコンサートは「ソロ」でよかったな〜、というところ。最後にじまん。買いそびれていた最新アルバム『エレクトリック』を会場で買ったら、サイン会の参加権がもらえました!サインもらったぜ、CDトレイ下のジャケットに。つか! ホンモノ、写真よりカッコいーぞ!! [0回]PR
2007/04/14 Category : Music 『J.S.バッハ』礒山雅 J・S・バッハバッハはゴシックではなくてバロックの時代の人なんだけど、立ち読みした感じゴシックにも通じるアンビバレンスについて書かれてるぽくて、挑戦。まずバッハが生きた時代って、音楽がバロック様式から古典様式に移り変わる節目の時代で、社会面でも、ルターの宗教革命や職業の世襲制の崩壊みたいに「変革」の時代だったんですね。そういった中でバッハは、バロック的要素 ⇔ 新しい音楽の要素の矛盾相克を生きた。もっというと、上手く止揚させて、独自の音楽を生み出した。そしてバッハは、楽譜への書き込みが事細かであることで知られてるらしいのですが、実際のバッハの演奏は、とても即興的だったのだろうという分析。むしろ、即興的だったからこそ、細かい指定が必要だったのではないか?というアンビバレントな解釈が述べられています。そのため礒山氏オススメのバッハの演奏は、楽譜に忠実に、きっちりかっちりというより、ジャズ・アレンジなど、自由なリズムでなされたものなんだそう。「バッハはロックの元祖」なんてたまに聞きますけど、そういう「斬新さ」「即興性」を上手く取り込める人だったっていうのが、理由のひとつに挙げられるかもしれません。また、教会音楽を一般人のためのカンタータに転用したりして、「聖」のための音楽 ⇔ 「俗」のための音楽という次元も、やすやすと超えていたようです。それでも再三言われているのが、「神こそがバッハにとっては 一番の聴衆だった」ということ。そのため、バッハの音楽は常に荘厳さを持って響くのだ、と。このほか、資料からわかるかぎりのバッハの人柄・生活などにも触れられていて、バッハを身近に感じられ、読みやすいながらも充実した内容になってます。新書でこんな満足感あるの久しぶりだな。影響されて文中で紹介されていたジャック・ルーシェのジャズ・アレンジを聴いてみました。よかったです。クラシック&ジャズお好きな方は、zehi。 つづきはこちら [0回]
2006/12/31 Category : Music マッハで今年を振り返る 〜音楽編〜 私の2006年はスガシカオに始まった!!といっても過言ではない。05年末のTVで顔を見、「ひょっとしたらこの人、すっごい好みかもしんまい」と思ってはや12ヶ月。11月には人生初の「ライヴ」ってものを、スガシカオで飾っちゃいました。折りよくスガシカオもデビュー10周年で活動が精力的、うれしいファン元年とあいなりました。 それから、エントリ書きそびれたけどSHAKIRA(シャキーラ)との出会いもありました。南米コロンビアの女性歌手ですが、裏返ったようなウィスパーボイスのようなあえぎ声のような独特な歌い方をする方です。楽曲もラテンのリズムで私好み。入った飲み屋で流れていて「一耳ぼれ」、店長さんに歌手名を聞き、ついでに仲良くなり、と思い入れ深い歌手となりました。 [0回]
2006/12/12 Category : Music ボーイズ・エアー・クワイア『バッハ』 Boys On BACHなんだか最近、癒し系の音楽しか聴きたくありません。卒論上がって気持ちが落ち着いたのか、はたまた疲弊して安らぎを求めているのか。あとはバッハが聴きたかったんですよね。今年はモーツァルトイヤーだったらしいですが、私はだんぜんバッハ派です。バロックバロック。そして出たアタリがこれ。ボーイズ・コーラスの少人数ユニット(このCDでは9人)、Boys Air Choir。ただでさえ美しいバッハの旋律を、汚れない歌声で編み上げています。ボーイズコーラスってのは実は初めて聴くんだけど、やっぱ成人女性の歌声とはちがうんだね。透明感はあるけど丸みがないというか、ほんとうに子どもの声ってかんじ。ちょっとキンキンしてる。でもそれが清らかさを感じさせる。さわやかな気分になります。やっぱ『主よ、人の望みの喜びよ』はいいなぁと再認識。 つづきはこちら [0回]
2006/11/17 Category : Music マドンナ『ウルトラ・マドンナ~グレイテスト・ヒッツ』『グレイテスト・ヒッツ VOL.2』 ウルトラ・マドンナ~グレイテスト・ヒッツグレイテスト・ヒッツ VOL.2まだ聴いてる途中なんだけど、それぞれのさわりを聴いて「マドンナの音楽は『マドンナらしくある』のではなく、『ミュージック・シーンの先端』なのだな」と思った。アルバムごとにプロデューサーを変え、曲調をがらりと変えるというのは聴いていたけれど、ここまでとは思わなかった。マドンナの楽曲を追うだけでミュージック・シーンの歴史を追えるのではないだろうか。マドンナ真実の言葉『マドンナ 真実の言葉』というマドンナ語録があるのだけれど、後輩の子がマドンナ好きというので立ち読みだけした。そのとき読んだ「マリリン・モンローは被害者だった。でも、私は違う」という言葉を思い出す。マリリンのように、消費物とされないために。被害者とならないために、マドンナは戦い続けてみせているのだろうか。知の技法―東京大学教養学部「基礎演習」テキスト私がマドンナという人を初めて見たのは高校の図書館にあった『知の技法』で(レコード屋でなく図書館だったというのがいかにもで泣ける)、そこには彼女のヌード写真集について書かれていた。内容はトンと憶えていないのだけれど、図版として載せられていていたサイボーグのような彼女の肉体を思い出す。鍛え抜かれた筋肉は、欲情を催させることを目的とはしていないように見えた。あれは、消費物とされた「女性」……マリリンに集約される……を代表しての、マドンナなりの復讐ということになろうか。SEX by MADONNA―マドンナ写真集森村泰昌が『サイコボーグ』シリーズと題してマドンナに扮していたのも、そういう経緯があったのかな。などと、遅めのマドンナ覚醒を果たした私は思っている。 [0回]