2005/07/24 Category : Social からだにしひがし ハイクブログをじっくりご覧になっている方はご存知だろうが、この間初めて本物の刺青というものを見た。所謂西洋式のタトゥーではない。背中全面をキャンバスにした「和彫」である。これがまた綺麗で、日本伝統の美はここにも、と感じいっていたのだが。和彫・洋彫と言ったが、現在日本において洋彫と和彫は技法を折衷しており、その点において分類するのは難しいという。とりあえずここでは描かれるモチーフ・規模が、「彫り物」の和洋を分けると考えてほしい。さてそれで意識するようになったのだが、和彫は前述したように背中(人によっては腹部・胸部)のかなり広い面積を用いて、云わばひとつの「絵画」を描く。本当に掛け軸みたいなんである。 かたや洋彫、タトゥーは、ワンポイントのものが主流である。モチーフ相互に関連性を持たせることも特に無く、その時々で彫りたいものを彫るらしい。「全体」を対象にする和彫と、「部分」を対象にする洋彫。そしていきなり分野が変わるのだが、ここまで思いいたったとき、私は高校時代の英語教師(ガンガレ入院中)が話してくれた、医療の東西の話を思い出した。東洋医学、つまり漢方は、身体「全体」のバランスを見ながら治療を進め、調薬する。患者の気分・気質も考慮するので、同じ症状の患者でも、処方箋は異なるそうだ。漢方薬は副作用が出にくい理由である。一方西洋医学は、各パーツへの対応を中心とする。悪い「部分」に効く薬品を投与し、場合によってはそこを切り取る。そしてこれというのは、刺青や医療にとどまらず、宗教観や社会観、人間観とも関わってるのかしらんというところまで、私の中で話が拡がった次第である。日本人は全体の意向を重視するから西洋的個人主義が根付かない云々、みたいな説である。そういえばイエス・キリストが信者一人一人が身体のパーツのようなものであり、誰一人欠けてはならない、みたいなことを言っていた。と、中学校3年生の教科書に載ってそうな評論を目指して書いてみた。笑。 [0回]PR Comment0 Comment Comment Form お名前name タイトルtitle メールアドレスmail address URLurl コメントcomment パスワードpassword