2005/08/13 Category : Words 共通言語(再録) トラバスパム始末のため、前のblogを読み返していたら、「へぇ、10ヶ月前の私もマトモなこと言ってんじゃん」て記事があったので、セルフ転載。↓↓↓ ココカラ ↓↓↓本日のtopicですが、今回はかの世界征服言語がどうこうとかではなく。今私が使っている「ニホンゴ」にも共通言語・非共通言語はあるわけで。初めて「通じないニホンゴ」の存在を知ったのは高校のとき。あの、文系−理系とかいうお粗末なカテゴライズをされたわけですが、やっぱ分類された結果の集団は、分類されたなりに共通性を持っていて。文系のニホンゴと理系のニホンゴって、ちがう。つってびっくりした記憶があります。具体例とかあんま思い浮かばなくて申し訳ないんだけど……。でもそれはそれは数式を見てアレルギる文系っ子がいるのと同じくらい、ささいで日常的で、そして致命的な壁だった気がします。 アレなんですよね、人文科学の仕事って、ひとまず世界を疑うところからスタートするんですよ。すると自ずと世界を把握する手段である「ことば」を、その中でも最初に疑うことになるんですね。あ、だから人文科学の中でいちばん偉いのは国文学だと思ってる。で、高校生とはいえ、そういうトコわかってる子はわかってるから、ことばに関して慎重になったりするんですよ。言いまつがいとかにいちいちツッコんでみたり。そういうわかりやすいところじゃなくても、なんだろっ?語彙とか会話内容とかが、やっぱ抽象・世界把握に強くなりますよね。目に見えない世界を見られる方向に語彙を増やしていく。でもそーいうツッコミや会話を始めちゃうと、そこにいた理系の子は「はぁ?」ってなっちゃうんですよ。自然科学に携わる人は、もう数式という世界共通言語を獲得してるんだもんなー。得です。得ですよ!バケガクとかさ、すごいよね。アルファベットと数字で世界の全てを表せるオールマイティーさ。最強です。そーだよ、村崎式子、実は大学でバケガクやろーと思っとったんだから。ま、そうしたところで結局「世界とは?」って哲学的になってみたりしたんだろーから、最初っからこっちスタートで良かったと今は思ってるけどね。自然科学・人文科学と社会科学って(まぁこれも所詮カテゴライズなのだけど)、世界の把握の仕方が異なるから、使う「言語」も異なってくるのは当然ちゃあ当然なんだけどさ。でもハナシはこれに限ったことじゃなくて、同じ人文科学内でもまた言語の差がある。それはそれまでに蓄積した知識・語彙、それから各自の世界観で出てくる。まぁそんなことを言い出したらキリがないわけで、実は私たちひとりひとりがちょっとずつ異なる「ニホンゴ」を使っているということにまで気づいてしまう、と。そうそう、そのことに気づいてからしばらく、何でみんなフツーに会話してられるのか不思議でしょーがなかったですね。ホントに通じているのかと。相手が言いたいことの何%をちゃんと「翻訳」できているのかと。辞書なんて「ほとんどの人はこのことばをこう認識している」っていう妥協ラインに過ぎませんよ。本当に表層的。それでも私たちはそれぞれの「言語」以外持ち合わせてないんだから、それでやりくりする他ないんだけどねー……。 [0回]PR Comment0 Comment Comment Form お名前name タイトルtitle メールアドレスmail address URLurl コメントcomment パスワードpassword