2004/12/21 Category : Today 反戦衣装 とかく、ものに大仰な意味づけをしてしまうというか。ひとより余計に解釈を膨らませてしまうきらいがあって。だから誰も何も思わないものにエロティシズムを見いだしてひとりでどきどきしていたり、誰も何も考えていないものを反社会的思想と結びつけてひとりでいらいらしていたりするわけなんですが。服に関しては殊更その傾向が強くって。 そんな私であるゆえに、絶対に着ない、それこそ着ないことをポリスィーとしている種類の衣料がある。迷彩柄だ。似たノリになりがちなカーキ色も避けている。流行過ぎた感あるから、あんま容赦せずに行きたいと思う。チキン。なぜってそんなん言わずもがなで、軍服だからだ。迷彩柄がテキスタイルデザイン、スウォッチのひとつとして興味をそそることは認める。現に迷彩柄が売り込まれ始めた、うちらが小学生とか中学生の頃……まぁ自我の「じ」の字もありませんでしたよ……私も迷彩柄を好んでイラストに描いたりしていた。カーキ色の中庸さが多くの色に合いやすく、ファッションアイテムとして重宝することも知っている。しかしだ、やはり迷彩柄は軍服のため、戦争のために作られた柄であり、それを考えるとどうも迷彩柄を取り入れたファッションには「戦争肯定」の意を読み取ってしまってやまない。もちろん街で迷彩柄を着ている人たちが「戦争ばんざーい」とか「国益を得よー」とか「日本の国際的地位を上げよー」とか主張しているとは考えていない。「ダーク目のコーデに合うから」とか「使いやすくてカワイイから〜」くらいのノリであろう。だがそれがまた気に食わない。ファッションは自己主張だろ、自分で自分が着るもの選べる時代において!とか思ってしまうのだ。さすれば自ずと着るものはそれを着る本人の思想や主張を反映し、具現化するものであるべし(適当・勧誘)。とも思ってしまうのだ。よって、戦争を積極的に肯定する意志もないのに迷彩服などを着てはいけない。迷彩柄のバッグにニコちゃんマークと「LOVE&PEACE」とか入った缶バッヂ付けてる小学生女子は門外漢、早く大人になって左寄りなお友だちに出会い、青ざめていただきたい。迷彩柄を着る方々には、声高に戦争賛成を叫ぶアレな人間であってほしいのである。そして村崎は、戦争はシンプルに殺人行為だと考えているので、んで例え主語が「国」でも人殺しはしちゃいけないと思っているので、迷彩柄は着ません。というおはなし。こないだ代官山で迷彩柄のスカート見て、かなり重めの抵抗感抱いたのに気づいたので、ちょっと書き留めておきます。ちなみに十字架が入った服やアクセサリーも身に着けません。宗教的要素なんで。あるいはあれかもね、徴兵って漢字も書けないような若者が、街中で何も考えずに迷彩柄を着られる、その状態こそが平和の勝利の風景なのかもねぇ。くるっくーだとしても当分迷彩柄は着ません、下手すりゃシャレじゃなくなる可能性だってまだまだあるんだ。 [0回]PR Comment0 Comment Comment Form お名前name タイトルtitle メールアドレスmail address URLurl コメントcomment パスワードpassword